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東京都の「英語スピーキングテスト(ESAT-J)」が抱える本質的問題(その2)

大津由紀雄
慶應義塾大学名誉教授・関西大学客員教授

2022年5月4日

「その1」に引き続き、都立高校入試に利用される、東京都の「英語スピーキングテスト(以下、ESAT-J。English Speaking Achievement Test for Junior High School Studentsの略称で、「イー・サット・ジェイ」と読みます)」が抱える本質的問題とわたくしが考えるところを取り上げ、できるだけわかりやすく論じたいと思います。

 平成28(2016)年9月に「グローバル社会を切り拓く人材の育成に向けて」と題された東京都英語教育戦略会議報告書がまとめられました。その中に「提言7」として「4技能を測る高校入試検査導入の検討」という項目が入っています。その記述の一部を引用します。

これまで、都立高校入試においては、平成9(1997)年度入学者選抜からリスニングテストを導入して改善を図ったが、現在「話すこと」の能力を測ることについては導入していない。そのため、今後は、都立高校入試においても、「話すこと」を含めた4技能を測る入試の実施方法の工夫について前向きに検討すべきである。(p. 16)

この報告書はつぎのサイトで閲覧できます。https://bit.ly/3kFUemN
 この報告を受け、東京都立高等学校入学者選抜英語検査改善検討委員会で検討が加えられ、平成29(2017)年12月に委員会の報告書がまとめられます。この報告書はつぎのサイトで閲覧できます。https://bit.ly/3kAakyE
 この報告書で、「民間の資格・検定試験は、「話すこと」を含めた英語の4技能を総合的に評価するものとして社会的に認知され、一定の評価が定着している。こうしたことから、「話すこと」の検査を導入するに当たっては、民間の資格・検定試験実施団体の知見を活用することが有効である」(p. 8)こと、さらに、「複数の資格・検定試験の結果を比較し、互換性をとることが困難であることなどから、入学者選抜における取扱いの公平性及び納得性が得られるよう、活用する試験を一本化することが望ましい」(同ページ)ことを含む見解が示されました。
 平成31(2019)年3月14日に東京都教育委員会は「民間資格・検定試験を活用した東京都中学校英語スピーキングテスト(仮称)事業募集要項」と「審査基準」を公表し、事業者を募集します。そして、令和元(2019)年5月31日に株式会社ベネッセコーポレーション(以下、「ベネッセ」)を「最優秀事業応募者」として決定しました。
 この東京都中学校英語スピーキングテストは当初、「中学校英語スピーキングテスト Supported by GTEC」と呼ばれていました(https://bit.ly/3kwzTAs)。GTECというのはベネッセが実施している英語テストのことです。わたくしは「中学校英語スピーキングテスト Supported by GTEC」という名称に強い違和感を感じていました。日本語と英語の表現が混在した奇妙さもありますが、それはさておき、supported byというのは一体、どういうことなのでしょうか。GTEC「によってサポートされている」中学校英語スピーキングテストということなのですが、あるテストが別のテスト「によってサポートされている」というのはわたくしには理解不能です。
 「中学校英語スピーキングテスト Supported by Benesse」というならまだしも、どう考えても「中学校英語スピーキングテスト Supported by GTEC」は滑稽です。推察するに、Benesseという名前を前面に出すのを避けたかったのではないでしょうか。このことを友人の江利川春雄さんに伝えたところ、「ベネッセは大量の顧客情報を流出した過去があるので直接名前が出るのを避けたのでしょう」と核心を突いたコメントが返ってきました(ほんとうはもっといろいろと教えてくれたのですが、今回はこの点だけに留めておきます)。同じことを鳥飼玖美子さんにも伝えたところ、わたくしの違和感を共有してくれたうえで、「中学校英語スピーキングテスト based on GTEC by Benesse」と正直に言うべきだという直球を返してくれました。
 「中学校英語スピーキングテスト Supported by GTEC」という妙な名称でもGTECという部分は気になったのでしょう、令和3(2021)年3月には「ESAT-J。English Speaking Achievement Test for Junior High School Students」と改称されることになります。しかし、名称が変わったからといって本質が変わったわけではありません。ESAT-Jの「プレテスト」の問題を見るとGTECそっくりだということがわかります。
 じつは、GTECには何種類かがある(https://www.benesse.co.jp/gtec/fs/)のですが、GTEC-coreと呼ばれるものとよく似ているという声が上がり始めていました。これを朝日新聞のEduAが丁寧な取材で記事しました(https://www.asahi.com/edua/article/14573655、石田かおるさんと山下知子さんの署名記事)。受験生に対する指示、問題構成と問題数、問題傾向、準備時間と解答時間、採点基準のどれをとっても瓜二つなのです。この記事に引かれた中学生のコメントは鋭く、その問題を突いています。「まんまやん!」。この記事には両者の比較表も掲載されていますので、まだお読みになっていませんでしたら、ぜひ読んでください。
 この記事にはこの点を正された都教育委員会の担当者の回答も掲載されています。引用します。

「似ている」との声に対し、都教委の担当者は「似ていたとしても違う」と言う。「(ベネッセの)基盤自体は活用するが、都教委の出題方針を作り、測りたい能力をタスクとして設定し、都教委の監修のもとで作っている」と話す。「似ているというが、音読や応答、ストーリーを話す問題は他の英語民間試験でも採り入れられていて、GTECだけではない」

 「表面上の類似性に惑わされてはいけませんよ。問題は本質なのですから」ということなのでしょう。しかし、2つのテストの酷似ぶりの前にはその反論もあまり強い力を得ることはできません。そもそも、都教委による「監修」の中身がきちんと公開されていないのですから。
 EduAの記事には「まんまやん!」と喝破した中学生のさらなるコメントが載っています。「GTECを受けている学校は(都立高入試)対策になる。ずるくね?」。解説しましょう。都内の中学校の中には、学校でGTECを利用し、生徒たちがGTECを受験している学校とそうでない学校があるのです。GTECを利用している学校の生徒たちはESAT-Jに似ているGTECで練習をすることができますから、そうした機会に恵まれない生徒たちが「ずるくね?」と思っても不思議はありません。
 さらに、EduAが取材した、区立中学校で英語を教えていた元教員が指摘するように、「民間のノウハウを生かすということは理解できるとしても、これでは共同開発とは言えない。丸投げと言われても仕方ないレベルなのでは?これだけ同じだと分かれば、中学校も保護者も生徒もGTECを練習のために受ける方向に動くと思う。都の責任で入試問題を作ることに信頼を置いてきたが、それは完全に崩れた」ということになるのはごく自然な流れです。
 「民間の資格・検定試験実施団体の知見を活用する」こと自体は結構なことですが、問題はそれを利用する主体がしっかりとした見識を持って、利益相反が疑われることがないような方法で、独自性を持ったテストを開発すべきであることはごく当然のことです。令和4年(2022年)2月17日に東京都教育庁が取りまとめて、発表した「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の取組状況について」という文書(https://bit.ly/3OQU5Lf)の「事業スキーム」の項には「都教委と、試験の実施・運営に関する実績のある事業者が、協定を締結し、民間の知見を活用して新たなスピーキングテストを共同で開発・実施」「都教委の監修の下で作成された独自問題により実施」とあります。ほんとうにそのような「独自問題」が作れるのか、少なくとも、これまでに公表されたプレテストを見る限り、その可能性はきわめて低いと判断せざるを得ません。
 今回も「その1」と同じく、この4月に東京都教育長に就任した浜佳葉子さんのことばを引用して締めくくりたいと思います。「[「大切にしたい姿勢は」と問われ—大津]教育庁は教職員6万人、子ども100万人の巨大な組織。いかに一体感をもって取り組むかが大切だ。誰一人取り残さないという目標に向け、大人の事情ではなく子どもにとって何が一番良いのかを第一の判断基準にしたい」(下線 大津)。下線部の正論をぜひ勇気をもって実行していただきたいと願います。

【「東京都の「英語スピーキングテスト(ESAT-J)」が抱える本質的問題(その1)、(その2)」の草稿に対し、柏村みね子さん、沖浜真治さん、吉岡潤子さん、久保野雅史さんから有益なコメントをいただきました。記して感謝いたします。言うまでもなく文責は大津由紀雄にあります。】

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