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コラム

① ネット授業を考える



大津由紀雄
慶應義塾大学名誉教授・関西大学客員教授

はじめに

これから月1編のペースで、いいずな書店のウェブサイトに「言語教育時評」と題するエッセイを掲載することになりました。学校教育に携わっている先生たちに少しでもお役に立つような内容のものにしたいと考えていますので、掲載されたエッセイに対するご意見や取り上げてほしい話題など、いいずな書店気付(column@iizuna-shoten.com )か、直接わたくし宛(oyukio@sfc.keio.ac.jp)にご連絡ください。

このエッセイを書いているのは2020618日で、すでに、新型コロナウィルス感染症の拡大(以下、「コロナ状況」)に伴う緊急事態宣言も、「東京アラート」も解除され、街の賑わいも少しずつ元に戻りつつあるという状況になっています。とはいうものの、東京の一日ごとの新規感染者の数は一貫した減少傾向を見せるには至っておらず、先行きには不透明な部分が残っています。

コロナ状況は日本社会の多くの側面に大きな影響をもたらしました。たとえば、多くの企業があれだけ頑固に受け入れを拒否してきた「リモートワーク(≒在宅勤務)」もいまやかなりの程度、日常化しつつあります。

コロナ状況により学校教育にも計り知れない混乱が生じていることはみなさんが日々体験されているところです。飛沫感染などの危険性を考慮し、幼稚園から大学まで、多くの学校で対面授業が中止されました。少しずつ対面授業を再開する動きが出始めていますが、元のような状態に戻るにはまだまだ時間がかかると予想されます。

対面授業ができなくなった穴を埋めるためにいろいろな工夫がなされていますが、ネットを利用した代替授業が主流になっています。ただ、「ネットを利用した代替授業(以下、「ネット授業」)」と言ってもさまざまな形態のものがあります。一つには、先生がカメラを前に行う授業をオンラインでネット配信し、生徒たち(以下、園児、児童、生徒、学生を含む総称として使います)は自宅等のパソコンやタブレットなどでその授業を受けるという形態(以下、「オンライン授業」)があります。二つには、先生がカメラを前に行う授業を録画し(場合によっては編集を加えた上で)、それをネット配信する形態(以下、「動画配信授業」)があります。三つには、学習に必要な資料や問題などをファイルの形で先生が用意し、それをネット上に上げたものを生徒たちがダウンロードすることによって学習を進める形態(以下、「学習資料配信」)があります。これら以外の形態もあるでしょうし、複数の形態を組み合わせるやり方もあるでしょうが、以上の三つが代表的なものと言えるでしょう。

ところが、いざ、こうした、ネット授業の導入の検討を余儀なくされてみると、さまざまな問題が浮かび上がってきました。

その導入のためには、まず、学校と先生たちの側に、設備(どうあっても欠かせないのがパソコンやタブレットなどの端末です)が整っていなくてはなりません。加えて、学校と先生の側にその設備を使いこなすために必要な知識と技術が備わっている必要があります。この二つのハードルを越えるだけでも結構大変であることが実感できたというかたも多いことと思います。わたくしも関係するいくつかの大学等での教員に対する説明会(これ自体もネット開催です)が大混乱に陥ったのを直接目撃しています。

つぎに、上で書いた条件は生徒たちの側にもあてはまります。「デジタル・ネイティブ」世代の生徒たちはパソコンやタブレットの扱いに(少なくとも先生たちの多くよりも)慣れている子が多いと考えられていますが、肝心のパソコンやタブレットを自宅で利用できない子どもたちも多く存在します。スマートフォンで乗り切ろうとする生徒たちもいますが、以前より大きくなったとはいえ、あの小さい画面で対応するのは簡単なことではありません。

もう一つ、学校と先生たちの側にはネット回線に過度な負担をかけないという制約が課され、オンライン授業が敬遠される理由の一つになっています。生徒たちの側にしても、それぞれが契約している容量制限があるので、たくさんの科目でネット授業を受けていると、その容量を超過して、追加料金が必要になることも考えられます。

これまで述べてきたことはネットを利用した代替授業に関する外的問題とでもいうべきものですが、より実質的な内的問題もあり、それが事態を深刻なものにしています。まずは、先生たちの負担の著しい増加が顕著です。ネット授業という、これまでとは異なった形態での授業を導入するのですから、それ自体がかなりの負担になります。また、一度やってみるとわかるのですが、ネット授業では対面授業をそのままネット化すればよいということではありません。対面授業とネット授業を比べると、それぞれの長所・短所があり、ネット授業ではその長所を活かした授業展開する必要が出てきます。当然、どんな情報(内容)を生徒たちに提供するのか、どうやって提供するのかという点について考えをめぐらす必要が出てきます。ただでさえ多忙な先生たちにとっては生活を賭けた大問題です。

というわけで、コロナ状況下で対面授業が実施できなくなり、急遽、その代役として登場したネット授業ですが、やはり付け焼刃ではいろいろな問題が出てくるものです。そして、しわ寄せは授業を担当する先生たちと授業を受ける生徒たちに、といういつもの図式が現れます。そこで、将来に向けて、今回のネット授業が広範に取り入れられた体験から、なにを学び取るべきかをきちんと整理しておくことが大切になってきます。

ネット授業について、生徒たちからの声も少しずつ聞こえてくるようになりました。数多く耳にするのは、わからないところを繰り返して聞くことができるのがよいという指摘です。繰り返しについては動画授業の場合だけでなく、オンライン授業を先生が録画しておき、後で、それを生徒たちに公開する場合にもあてはまります。

もう一つよく耳にするのがオンライン授業のほうが対面授業よりも質問しやいという指摘です。オンライン授業も、対面授業と同じく級友と一緒に受けるのですが、チャット機能を利用すれば、手をあげたり、声を上げたりしなくてすむので、生徒たちの側の緊張感が少なくてすむからです。

繰り返しの件も、質問の件も、生徒たちにとって理解が困難な箇所を知る重要な手がかりになりますから、ぜひその箇所を控えておいて、授業の改善に役立ててください。また、対面授業に戻った場合も、たとえば、理解がむずかしい箇所について解説した動画を用意するというのはすぐにでも実行に移せることではないでしょうか。

繰り返し視聴が可能であるということは先生たちの授業への振り返りにも役立つはずです。オンライン授業の場合、研究授業以外はあまり見ることができない、自分自身の授業を余分な手間をかけずにみることができます。動画配信授業の場合は動画を準備する過程の振り返りによっても、最終的に配信する動画の視聴によっても、自身の授業の改善に向けた発見が期待できます。

手慣れた先生は教室にいる一人一人の生徒に目を配ることができますが、経験が浅い先生にはなかなか越えるのがむずかしいハードルの一つです。オンライン授業の場合、(生徒の人数やシステムの制限からそれができない場合もありますが)生徒たちの様子を画面上で確認できます。この機能は経験の浅い先生にとって、とても役立つはずです。オンライン授業ではそれがむずかしくても、先ほども触れたように、録画した動画を繰り返し視聴することによって、一人一人の生徒の反応を確かめることができます。

オンライン授業では、生徒たちにとっても、対面授業では不可能な視点を手に入れることができます。それは級友たちの様子を観察することができるという点です。対面授業では旧友とは教室という同じ空間にいるのですが、一人一人がどんな顔で、どんな様子で授業を受けているのかを知ることはできません。唯一、それができるのは先生だけです。しかし、オンライン授業では、級友たちの正面からの様子をまさにオンラインで見ることができます。うなずく様子、ノートをとる様子、あくびをする様子、なんでも見ることができます。生徒にもよりますが、これはいままでなかった新鮮な体験で、授業に対する新たな関心を惹起する可能性があると思います。

今回のコロナ状況で余儀なくされたネット授業実施は学校・先生たちの側、生徒たちの側のコンピュータ・リテラシーの低さを露見させることとなりました。コンピュータ・リテラシーとは単に「コンピュータに関する知識とそれを実際に活用する技術」と解されることが普通ですが、「コンピュータに関する知識とその長所と短所を理解したうえでコンピュータを使いこなす技術」と言えばもっとその精度が増します。コロナ状況の体験を今後に生かすために、学校教育の一環としてネット授業を取り入れることの良し悪しをきちんと議論し、そのうえで、コンピュータ・リテラシーを高めるために何が必要なのかを問い続ける努力を怠らないようにすることが重要です。

 

【付記】
この問題は大学の先生、とくに、多数の大学で非常勤講師を掛け持ちしなくてはならない状況の先生に限ったものかもしれませんが、関係している大学によって採用しているシステムが異なることが考えられます。事実、わたくしの知り合いの一人は、A大学ではZoomを、B大学ではGoogle Meetを、C大学ではMicrosoft Teamsを、D大学ではmanabaを使っており、同じネット授業対応のシステムと言っても、かなり性質が異なるので、それぞれを習熟するのに膨大な時間とエネルギーがかかると嘆いていました。

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