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かなり驚いたこと—豊橋市の公立小学校での英語イマージョン教育

大津由紀雄
慶應義塾大学名誉教授・関西大学客員教授

新型コロナ状況下で話題になることがめっきり少なくなった小学校英語ですが、学校現場での困惑、混乱が収まったわけでもなく、相変わらず、たくさんの相談・嘆きメールが関係者(ことに、小学校の先生たち)から届きます。そんな中、かなり驚かされたのが愛知県豊橋市の公立小学校での英語イマージョン教育のニュースです。

寡聞にして、この試みを本日(2020年12月8日)付けの朝日新聞朝刊(ネット版ではこちら。ただし、有料記事)で初めて知りました。 豊橋市立八町小学校での英語イマージョンの紹介記事で、市は今年度、「国語と道徳以外の教科を英語で教える「イマージョン教育コース」を設けた」とあります。記事によると、「狙いは、世界で活躍できるグローバル人材の育成。市教育委員会によると、算数などの主要教科に導入した公立小学校は全国初」だそうです。同記事によると、「同校は1学年2クラス制。1クラスがイマージョン教育コースで、定員は約25人。入級時の語学力は問わず、学区外からも受け入れる。希望しない場合は日本語で学ぶクラスに入る」ということです。

東日新聞2020年6月9日付の「まなびの風景」という連載コラムの欄に「豊橋八町小・イマージョン教育上」という記事が掲載されているのですが、いささか気になるのはそのなかにある次の一節です。


八町小の稲田恒久教頭(50)は昨年度まで、市教委の指導主事としてとしてコース設置に奔走した。八町小が選ばれたのは市の中心部にあるにもかかわらず、小規模校で児童数減という事情を抱えているためだ。 小規模校が生き残るために教育に特色を出し、希望すれば市内全域から通学できる英語の特認校として位置付けた。


《ずいぶんと率直な記事だな》と思っていたら、案の定、八町小学校のサイトに「新聞に掲載された内容の一部に、実際と異なる点がございましたので、訂正します」とあり、該当箇所に関して以下が掲載されていました。上記から判断して、他の項目も含む正誤表の文責はおそらく東海日日新聞社にではなく、八町小学校にあると推測されます。


【誤】小規模校が生き残るために教育に特色を出し、
 ↓
【正】「第5次豊橋市総合計画」「豊橋市教育振興基本計画」に示されている特色ある学校づくりの推進や多様な人材の育成など、豊橋市の実施計画に基づいて進められた取り組みとなっています。 (http://www.toyohashi-c.ed.jp/hacchou-e/?page_id=97


 この訂正にも関わらず、わたくしは、英語イマージョン教育は「小規模校が生き残るために教育に特色を出」すために設けられたものというのが本音に近いのではないかと思います。第一、そうでないと、上に引用した「八町小の稲田恒久教頭(50)は」で始まる段落の内容と次の段落がうまくつながりません(【追記2】も参照されたい)。

 ともあれ、第5次豊橋市総合計画後期基本計画実施計画<令和2年度~4年度>について関連文書をたどっていくと、「第3分野(心豊かな人を育てるまちづくり)」の一環として、以下の事業が掲載されていました。


【事業名】3-1 国際理解教育推進事業 学校教育課 【概要】グローバル社会で活躍する人材を育てるため、国際理解教育において、英語教育の充実を図る。小中一貫「英会話」カリキュラムの実践、小中高連携教育の推進、学んだ英語を活用できる場の提供に加え、「英語で学ぶモデル事業」の拡充を図るため、英語教育の新たな可能性として、教育課程を英語で行う「イマージョン教育コース」を八町小学校に開設する。 【今後3年間の取り組み】 ・英会話のできる豊橋っ子育成事業 ・「イマージョン教育」 の実施

(https://www.city.toyohashi.lg.jp/4849.htm#a4)


豊橋市教育振興基本計画については、「豊橋市教育振興基本計画改訂版(豊橋市教育委員会、平成28年3月)」(https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/5185/kaitei.pdf)にはイマージョン教育への言及はないようです。しかし、「第2次豊橋市教育振興基本計画の策定について」(https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/70312/R020818%20hukushi%20siryou1.pdf)という文書では英語イマージョン教育への言及(p.11)があります。この文書は日付の記載がありませんが、同計画の期間が令和3年度から令和12年度までの10年間とされていることや新型コロナへの言及が見られることから、2020(令和2)年に発表されたものと考えられます。ただ、英語イマージョン教育は2020年にすでに始まっているので、そのあたりの経緯も知りたいところです。いずれにしても、英語イマージョン教育の導入自体は短期間の検討で導入されたように思えます。 いろいろと調べてきましたが、朝日新聞の記事などに書いてあるように「世界で活躍できるグローバル人材の育成」のためというのであれば、あまりにも短絡過ぎます。英語が使える人=グローバル人材という図式的理解がもはや陳腐なものであることを認識すべきです。ましてや、「小規模校が生き残るために教育に特色を出」すためであるなら、問題外です。

加えて、英語イマージョン教育を進めるには大いなる決断と予算の裏づけが必要になることを関係者がどの程度、理解しているのか、疑問です。その中でも教員の確保はもっとも重要な問題の一つでしょう。関連する記事でしばしば紹介されている、静岡県沼津市の加藤学園は日本での英語イマージョン教育で先駆的役割を果たした私立学校ですが、そこでも一番の苦労の種は質の高い教育力を持った教員を確保することだと何度も耳にしています。さらに、いまのところ、豊橋市における英語イマージョン教育は八町小学校に限定されていますが、中学校、高等学校とその範囲を拡げていくつもりなのでしょうか。教員の確保、予算の裏づけはあるのでしょうか。

 そして、なによりも大切なのは、ほとんどの教科を英語で学んだ子どもたちのことばです。母語への配慮は十分になされているのでしょうか。朝日新聞の記事には「日本語の成長にもつながる」という小見出しも使われていますが、記事本体にはどんな根拠があるのかは触れられていません。

 「令和2年度八町小学校イマージョン教育コース 本抽選結果のお知らせ」というファイルが掲載されているウェブページ(https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/70452/1109b.pdf)を見ると、定員15人の1年生の枠には59人の希望者が集まったようです。上で触れた東日新聞の連載コラム「豊橋八町小・イマージョン教育」の「下」はこう締めくくられています。


イマージョン教育コースの結果が表れるのは、おそらくずっと先のことだが、八町小の佐藤充宏校長(59)は「今できることに、教員も児童も一丸となって取り組みたい」と話している。


英語イマージョン教育が「今できる」最善の策なのか、まずは、我が子にこの教育を受けさせようか迷っている保護者のみなさんに落ち着いて考えていただきたいと強く願います。

【追記】関連した動画がいくつか公開されています。 https://www.youtube.com/watch?v=7y4kJPhmICI https://www.youtube.com/watch?v=pyfsyWAHvI4

【追記2】本文で紹介した、東日新聞2020年6月9日付の「まなびの風景」「豊橋八町小・イマージョン教育 上」には「小規模校が生き残るために教育に特色を出し、希望すれば市内全域から通学できる英語の特認校として位置付けた。豊橋市はブラジルやフィリピン出身の労働者が多く、外国人児童が多いことから、「日本語がわからない外国人児童が授業についていけるように」ということも想定した」とも書かれている。「日本語がわからない外国人児童が授業についていけるように」英語イマージョンを導入するという論理がわたくしにはまったく理解できません。

【追記3】豊橋市の関係者の方々からのご意見をぜひお聞かせください。ご意見は直接当方までお送りください。oyukio[@]sfc.keio.ac.jp(使用の際は左記アドレスの[ ]を削除して下さい)

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